親の付き添いで行った銀行から衝撃の一言
番号 151
暗証番号を間違えただけのはずだった
「お父さん、また暗証番号を間違えたの?」
ある介護家族の方から聞いた話です。
親が銀行の暗証番号を何度か間違えてしまい、キャッシュカードにロックがかかってしまったそうです。
「いつもの番号を入れたんだけど、どうしても使えないんだよ」
そう困った顔をする親を見て、家族は銀行に付き添うことにしました。
何度か間違えれば、カードが使えなくなることはあります。
銀行に行って事情を説明すれば、本人確認をして、必要な手続きを進められる。最初は、その程度に考えていたといいます。
ところが、銀行の窓口で、事態は思わぬ方向へ進んでいきました。
担当者が本人確認のために質問をすると、親がうまく答えられなかったのです。
住所を聞かれても、途中で言葉に詰まる。
生年月日を聞かれても、すぐには答えられない。
手続きの内容を説明されても、話がかみ合わない。
「お父さん、ちゃんと聞かれていることに答えないと」
家族が横から声をかけても、親は困惑した表情を浮かべるばかりでした。
家族も、親の物忘れが増えていることには気づいていたそうです。
同じ話を何度も繰り返す。さっき説明したことを忘れる。大切なものをどこにしまったのか分からなくなる。
それでも、日常生活は何とか送れていました。
だからこそ、まだ大丈夫だと思っていたのです。
しかし、その日の銀行では、これまで何となく感じていた不安が、はっきりとした形で目の前に現れました。
担当者は慎重に確認を続けたあと、家族にこう説明したそうです。
「ご本人の意思確認が難しい場合、通常の手続きでは対応できないことがあります」
家族は驚きました。
「でも、本人のお金ですよ。私が代わりに手続きをすることはできないんですか?」
ところが、家族が付き添っているからといって、本人に代わって自由に預金を引き出したり、手続きを進めたりできるわけではありません。
暗証番号のロックを解除してもらうだけのつもりでした。
それが、親自身のお金をどう管理していくかという、もっと大きな問題に変わってしまったのです。

「家族信託という方法があります。ですが……」
担当者から、今後の財産管理について説明を受けることになりました。
その中で提案されたのが、家族信託でした。
家族が信頼できる人に財産の管理などを託す仕組みです。
「今後のことを考えると、家族信託という方法を検討されてもよいかもしれません」
家族は、少しだけ安心したそうです。
そうか、そういう方法があるのか。
今すぐに手続きができなくても、これから準備すればいい。親のお金を管理できる方法があるのなら、何とかなるかもしれない。
そう思ったのです。
しかし、担当者の説明は、そこで終わりませんでした。
「ただし、ご本人の判断能力によっては、家族信託の契約自体が難しい場合もあります」
家族は、その言葉を聞いて固まってしまいました。
契約が難しい?
これから準備すればいいのではないのか。
家族信託は、本人が契約の意味や内容を理解し、自分の意思で判断できることなどが前提になります。認知機能の低下が進み、契約に必要な判断能力が認められない場合には、家族が希望しても契約できない可能性があるのです。
つまり、親の物忘れが進んでいることに気づいてから準備を始めても、間に合わないことがあるということでした。
家族は、改めて親の顔を見たそうです。
つい最近まで、自分で銀行へ行き、自分のお金を管理していた親です。
少しくらい忘れっぽくなっても、家族が付き添えば何とかなる。
必要になったら、そのときに考えればいい。
そんなふうに思っていました。
ところが、いざ困ったときには、銀行での手続きが進まない。
家族が代わりに何とかしようとしても、簡単にはいかない。
そして、解決策だと思った家族信託さえ、契約できない可能性がある。
「じゃあ、これから親のお金が必要になったとき、どうすればいいんですか?」
家族は、そう尋ねるしかなかったといいます。
親の生活費が必要になったら。
病院にかかるお金を支払わなければならなくなったら。
介護サービスの費用が必要になったら。
親のために使うお金なのに、家族が思うように手続きを進められないかもしれない。
そう考えると、暗証番号を間違えたという最初の出来事が、急に恐ろしく感じられたそうです。
家族は、親の物忘れを甘く見ていたのかもしれない。
いや、甘く見たかったのかもしれない。
親が少しずつ変わっていくことを、どこかで認めたくなかったのかもしれません。
けれど、現実は、家族の気持ちを待ってはくれなかったのです。

「まだ大丈夫」と思っている間に
この話を聞いて、改めて考えさせられました。
親の物忘れが気になり始めても、すぐに財産管理の問題まで考える人は、どれくらいいるでしょうか。
同じ話を何度もする。
約束を忘れる。
暗証番号が思い出せない。
そんな変化があっても、日常生活を送れていれば、まだ大丈夫だと思ってしまうものです。
ところが、親の老いによって難しくなるのは、食事や入浴、通院といった日常生活のことだけではありません。
お金を引き出すこと。契約をすること。自分の財産を管理すること。
こうしたことも、本人の判断能力や手続き上の権限が関わるため、家族が代わりに対応できるとは限りません。
そして、今回の話で何より怖いと感じるのは、困ってから解決策を探しても、その方法を選べない可能性があるということです。
家族信託も、必要になったときに誰でも利用できるわけではありません。
本人の判断能力が十分にあるうちに準備することが重要であり、すでに契約が難しい状態であれば、成年後見制度など、別の方法を検討する必要が出てくることもあります。
もちろん、物忘れがあるからといって、直ちに家族信託ができなくなるわけではありません。実際に契約できるかどうかは、本人の状態や契約内容などによって異なります。
だからこそ、親の変化に気づいた段階で、必要に応じて専門家に相談しておくことが大切なのだと思います。
「まだ大丈夫」
そう思いたい気持ちは、よく分かります。
親が老いていくことを認めるのは、簡単なことではありません。
できていたことができなくなる。
自分で管理していたお金を、自分だけでは管理できなくなる。
そして、家族が助けようとしても、制度や手続きの壁にぶつかることがある。
こうした現実は、実際に直面して初めて分かることも多いのです。
親の介護は、介護が必要になった日から始まるわけではありません。
何気ない物忘れや、ちょっとした失敗の中に、これから考えておかなければならない問題が隠れていることがあります。
今回の話も、始まりは暗証番号を何度か間違えたという、ごく身近な出来事でした。
しかし、その先には、親のお金をどう守るのか、家族として何ができるのかという、簡単には答えの出ない問題が待っていました。
親のために何かをしてあげたいと思ったとき、家族の気持ちだけでは解決できないことがあります。
だからこそ、親が自分の意思を伝えられるうちに、これからの暮らしや財産管理について話し合っておくことが大切なのではないでしょうか。
「そのうち考えよう」と思っていることほど、気づいたときには時間が足りなくなっているのかもしれません。
親の老いを受け止めることは、つらいことです。
でも、目を背けずに考えることが、親自身の暮らしと、支える家族の生活を守ることにつながるのだと思います。
