「母をちゃんと見てください」施設に訴え続けた娘が、最後に母から聞いたこと
番号 147
「もっと母を見てください」を言い続けた娘
介護職員をしている知人から、こんな話を聞きました。
施設に入居したばかりのお母さまの娘さんが、面会に来るたび、職員にかなり厳しく言うのだそうです。
「最近、母が痩せたんじゃないですか?」
「食事、ちゃんと食べさせてもらっています?」
「もっと母に声をかけてください」
職員がその日の様子を説明しても、
「でも、家族からすると心配なんです」
と納得しません。
ある日には、
「母は昔から我慢する人なんです。
本人が何も言わないからって、放っておかないでください」
「お金を払ってお願いしているんですから、ちゃんとしてもらわないと困ります」
と、かなり強い口調で言われたそうです。
職員は、そのたびに謝ります。
このご家族は早くにお父様を亡くされ、女手一つで娘さんを育て上げ、娘さんを有名大学に通わせ、一流企業にも就職させたとのことです。
娘さんもお母さまを今度は自分が守る番だと、介護施設を何軒も見学してようやく入所したとのことでした。
そんな背景もあり、必死な娘さんに悪気があるわけではありません。
むしろ、母親を心配しているからこそ、必死だったのでしょう。
「私が言わなかったら、誰が母を守るの?」
そんな気持ちだったのかもしれません。
その日も娘さんが職員に、
「もっと母のことを見てください」
と言っている横で、お母さまが小さな声で、
「もういいよ……」
とつぶやいたそうです。
でも、娘さんには聞こえていませんでした。

娘が知らなかった、お母さまの日常
ある日の面会で、娘さんはお母さまに聞きました。
「お母さん、ここでちゃんと見てもらってる?」
「うん。よくしてもらってるよ」
「そんなこと言って。だから私がちゃんと見てないとダメなのよ」
すると、お母さまは少し笑って、
「違うのよ」
と言ったそうです。
そして、娘さんが知らなかった施設での毎日を話し始めました。
「朝ね、○○さんがカーテンを少しだけ開けてくれるの。私、まぶしいのが苦手って言ったでしょう? 覚えてくれてるのよ」
「食事もね、私が食べるの遅いでしょう? みんなが食べ終わっても、急かさず待ってくれるの」
娘さんは黙って聞いていました。
「この前、夜に眠れなくて廊下に出たの。そしたら○○さんがいてね。『眠れませんか?』じゃなくて、『ちょっと一緒に歩きます?』って言ってくれたの」
さらに、お母さまは笑いながら続けました。
「この前、お茶をこぼしちゃったでしょう?服まで濡らして、恥ずかしくてね。
そしたら何も言わずに着替えを持ってきてくれて……
私が恥ずかしがっていたら、『私もよくこぼしますよ』って笑ってくれたの」
娘さんは、何も言えなくなりました。
お母さまは、さらに話します。
元気がない日は、無理に話しかけず、そばにいてくれる。
くだらない話をすると、一緒に笑ってくれる。
爪が伸びていると、いつの間にか気づいてくれる。
転びそうになったときには、何も言わずに手を添えてくれる。
どれも、娘さんが施設に来ている間には見えない出来事でした。
娘さんが見ているのは、面会に来たときの数時間の母親。
でも、お母さまがそこで過ごしているのは、一日のほとんどです。
娘さんが知らない時間に、娘さんが知らない優しさが、たくさんあったのです。

「あなたが知らないだけだよ」
娘さんは、少し気まずそうに聞きました。
「じゃあ……私、施設に言い過ぎてた?」
お母さまは、
「そうじゃないよ。心配してくれてるのは分かってる」
と答えました。
そして、少し間を置いて言いました。
「でもね……あなたが帰ったあと、私、職員さんに謝ってるんだよ」
娘さんは黙りました。
「ごめんなさいねって」
「娘がうるさく言って……って」
娘さんの表情が変わったそうです。
お母さまは続けました。
「だって、私はここで暮らしてるんだもの。
毎日会うのは、あなたじゃなくて職員さんでしょう?
朝、起こしてくれるのも、ご飯を食べるのを待ってくれるのも、眠れないとき、一緒に歩いてくれるのも、失敗して恥ずかしいとき、笑わせてくれるのも、みんな、ここにいる人たちなんだよ」
そして、お母さまは娘さんを見て、静かに言いました。
「だから、もう私のために怒らなくていいよ」
娘さんは、何も言えなくなりました。
さらに、お母さまはこう続けたそうです。
「あなたが知らない所でちゃんと見てくれてるよ。」
その言葉で、娘さんは初めて気づきました。
自分は母親を守っているつもりだった。
だから、少しでも気になることがあれば職員に言った。
もっと見てほしい。
もっと気にかけてほしい。
もっとちゃんとしてほしい。
でも、自分が見ていたのは、母親のほんの一部分だった。
面会の時間が終わって娘さんが帰ったあとも、母親の一日は続いている。
そこには、娘さんの知らない会話があり、笑顔があり、職員さんの小さな気遣いがある。
知人は、
「それから、あの娘さん、少し変わったんですよ」
と話していました。
面会の帰りに職員へ、
「母をお願いします」
と言う代わりに、
「今日もありがとうございました」
と言うようになったそうです。
そして、その言葉を聞いたお母さまは、いつも少し嬉しそうに笑っていたそうです。
