介護が終わったあとの怖いこと
番号 143
「これで、やっと楽になれるね」
10年以上、父を介護していた母がいました。
朝起きれば父の様子を見る。
薬を確認する。
食事を用意する。
病院の日を気にする。
「今日は大丈夫かな」と、いつも父のことを考えていました。
家族から見ても、大変そうでした。
だから父が亡くなったとき、私たちは思いました。
「これで、お母さんもやっと楽になれるね」
もう、急いで起きなくていい。
病院の予定を気にしなくてもいい。
自分の好きなことをしていい。
母も、
「そうね。少しゆっくりするわ」
と言っていました。
ところが。
しばらくすると、母の生活から少しずつ「やること」がなくなっていきました。
朝起きても、急いですることがない。
昼になっても、誰かの食事を気にしなくていい。
病院に行く予定もない。
「今日は何しようかしら」
そんな日が増えていきました。
そして数年。
母は、少しずつ変わっていきました。
今振り返ると、介護が終わったことが、母にとって単純に「楽になった」というだけではなかったのかもしれません。
長年続いていた生活そのものが、突然なくなったのです。

「介護が終わったら、仕事に戻ろう
これは、親だけの話ではありません。
親を介護していた子どもにも、似たようなことが起こることがあります。
仕事を早く切り上げる。
病院に付き添う。
親から電話が来れば対応する。
休みの日も、頭の片隅には親のことがある。
大変だけど、
「これが終わったら、また仕事を頑張ろう」
そう思って何とか踏ん張る。
そして、介護が終わる。
「これで仕事に集中できるぞ」
……と思ったら、
なぜか仕事をする気にならない。
朝起きても、身体が重い。
会社に行っても、以前のように集中できない。
人と話すのも面倒。
「俺、こんなに仕事する気なかったっけ?」
となる。
介護中は、目の前のことに必死で気づかなかった疲れが、終わった途端に出てくることがあります。
長い間ずっと張りつめていたものが、プツッと切れる。
いわゆる「燃え尽き」のような状態です。
だから、
「介護が終わったんだから、もう元気でしょ」
とは限りません。
むしろ、終わった後こそ、少し気をつけたほうがいい。

「自由になったのに、何もしたくない」
介護中は、
「早く終わってほしい」
と思うことがあります。
それは当然です。
毎日の介護は、それだけ大変です。
だから、
「介護が終わったら旅行に行こう」
「仕事を頑張ろう」
「好きなことをしよう」
と思っている。
ところが、いざ終わってみると、
旅行する気にならない。
仕事にも戻れない。
友達にも会いたくない。
何をしていいのか分からない。
そんなことがあります。
親も、子どもも同じです。
長い間、
「誰かのために動く」ことが生活の中心だった。
それが突然なくなる。
自由になったはずなのに、自由を持て余してしまう。
もちろん、母の認知症が進んだ理由を「介護が終わったから」と単純に決めつけることはできません。
年齢や身体の状態、さまざまな要因があります。
ただ、長年誰かを支えてきた人から、
「やること」
「人と会う機会」
「外に出る理由」
「生活のリズム」
が一気になくなることには、注意しておきたい。
介護が終わったら、
「お疲れさま」
だけではなく、
「これから、何しようか?」
と聞いてあげる。
それは親だけじゃありません。
介護をしてきた自分自身にも。
介護が終わることは、ゴールではないのかもしれません。
長い間、誰かを支えてきた人が、もう一度、自分の生活を作り始める。
本当の意味で大切なのは、その後なのかもしれません。
