物忘れが増えた母、無意識で行っていた"物忘れトレーニング"
番号 137
外に出なくなった母
これは、知人から聞いた話です。
そのお母さんは、もともと社交的で、買い物や散歩が好きな人だったそうです。
ところがある頃から、もの忘れが目立つようになりました。
「さっき言ったでしょ」
「それ、もう買ってあるよ」
そんなやりとりが増えていき、家族も少しずつ心配するようになっていきました。
ある日、お母さんはいつものように近所のスーパーへ買い物に出かけました。
ところが、しばらくしても帰ってきません。
家族が心配して探しに出ると、少し離れた場所で、どうやら道が分からなくなってしまい、困っているお母さんが警察に保護されていました。
通行人が気づいて交番に連れて行ってくれたおかげで、大事には至らず、家族のもとへ戻ることができました。
家族はほっと胸をなでおろしましたが、その出来事は大きな不安も残しました。
「また同じことが起きたらどうしよう」
そう思うと、家族はお母さんを一人で外に出すのが怖くなってしまいました。
それからというもの、お母さんはほとんど外に出なくなりました。
家の中で過ごす時間が増え、テレビを見たり、座っていることが多くなっていきました。
家族としては安心したい気持ちと、少しずつ元気がなくなっていくように見える不安とが入り混じっていました。
そんなある日から、お母さんは毎朝同じ時間に、
「ちょっと出てくるね」
と言って、家を出るようになったそうです。

尾行してみたら、まさかの「常連さん」
最初は、家族も軽く考えていました。
「近所を少し歩いているだけだろう」
ところが、帰ってくるのはいつも小一時間後。
そして翌日も、そのまた翌日も同じ時間に出ていきます。
「どこ行ってるの?」
と聞いても、
「ちょっとそこまで」
それ以上は、あまり説明しません。
家族としては、
「まあ、歩くのはいいことだし」
くらいに思いながらも、少し気になっていました。
ある朝、家族はこっそり後をつけてみることにしました。
お母さんは、いつものように歩いていきます。
曲がって、また曲がって。
そして到着したのは……
なんと、近所の交番でした。
「えっ、交番?」
家族は驚きました。
しかも、お母さんはまったく迷いのない様子で中へ入っていきます。
「おはようございます」
すると中から、
「おはようございます、今日も来ましたね」
と、お巡りさんの声。
どうやら、すでに顔なじみのようでした。
家族が後から事情を聞いてみると、
「最初は、保護したときのことがきっかけだったんです」
とお巡りさんは話してくれました。
あの日、道に迷って交番に来たお母さんは、家族が迎えに来るまでの間、少しだけ世間話をしていたそうです。
「今日はいい天気ですね」
「この辺も昔と変わりましたね」
ほんの数分のやりとり。
それでもお母さんは、その時間をよく覚えていたようでした。
そして後日、
「また来てもいいですか?」
と、自分から交番を訪ねてくるようになったのだといいます。
最初はほんの立ち話。
それが、少しずつ“毎朝の習慣”になっていきました。
「ちょっとそこまで」と言って出かける先が、いつの間にか“交番”になっていたのです。
家族はその事実に、驚きながらも少し拍子抜けしたような気持ちになりました。

関心あるから「記憶に残る」
ある日、家族が交番のお巡りさんに言われました。
「お母さま、すごいんですよ」
何がすごいのかと思ったら、
「私の名前、一度で覚えててくれたんです」
それだけなら、まあよくある話です。
ところが、
「私が休みの日も把握されてるんです」
家族は思わず、
「え?」
となりました。
さらに聞いてみると、
「あの人は今日はいる」
「この人は今日は非番」
「明日は交代で別の人」
と、勤務のローテーションまで自然に把握しているというのです。
家族が驚いていると、お巡りさんは少し笑ってこう言いました。
「毎日2〜3分の会話なんですけどね、シフトの交代の時間あたりに必ず来てくれて・・それでも、交番のみんなの名前をちゃんと覚えてくださってるんです」
実は、こうした“短い日常的な交流”は、認知症の方にとっても記憶の手がかりになることが知られています。
たとえば、認知症の初期〜中期では、エピソード記憶(出来事の記憶)は低下しやすい一方で、「繰り返しの習慣」や「感情を伴う記憶」は比較的残りやすいとされています。
また、短時間でも毎日同じ相手と会話することで、顔・名前・役割といった情報が、習慣的な記憶として定着していくこともあります。
お母さんにとって交番は、ただの施設ではなく、
「毎日同じ人に会える場所」
になっていたのかもしれません。
家族はその話を聞いて、
「まさかの派出所パトロール、強すぎる・・」
と、思わず笑ってしまったそうです。
でも、その笑いの中には、少しだけ安心もあったそうです。
忘れていくことばかりに目が行きがちな毎日の中で、
まだ覚えていることがある。
そして、
「明日は誰がいるかな」
と楽しみにできる場所がある。
認知症になると、何もかもができなくなるように思ってしまいます。
でも実際には、
「できなくなったこと」ばかりではありません。
むしろ、繰り返しの中で残る記憶や、安心できる関係性は、静かに続いていくことがあります。
そのお母さんの場合、それがたまたま、
近所の交番と、お巡りさんの名前、そして勤務ローテーションだった。
家族にとっては、ちょっと意外で、でも少し温かい「毎朝の予定表」だったわけです。
