「もう来なくていい」―母の日記に残されていた本当の気持ち
番号 123
仕事、子育て、親介護。すべてに追われた息子が最後に知った親心
先日、親介護を経験された40代後半の男性から聞いたお話です。
男性には高校生と大学生のお子さんがいたそうです。
平日は管理職として働き、休日は子どもの部活動の送迎や学校行事に追われる毎日だったといいます。
そんな中で始まったのが親介護でした。
父親を亡くした80代のお母様が、一人暮らしを続けていたそうです。
最初は電話だけで十分だったそうですが、少しずつ様子が変わり始めたといいます。
同じものを何度も買ってしまう。
薬の飲み忘れが増える。
通院の日を勘違いする。
大きな問題ではないものの、年齢による変化を感じる場面が増えていったそうです。
そこで男性は毎週末、車で一時間以上かけて実家へ通うようになったといいます。
掃除をして、買い物をして、一緒に食事をする。
親介護と子育てが重なる、いわゆるダブルケアの生活だったそうです。
しかしお母様は、会うたびに同じ言葉を口にしていたといいます。
「もう来なくていいからね」
「子どもたちとの時間を大事にしなさい」
「私は大丈夫だから」
男性はその言葉を聞くたびに複雑な気持ちになったそうです。
本当に大丈夫なわけがない。
でも本人がそう言う以上、強くも言えない。
そんな日々が続いたそうです。
ある日、帰ろうと車に乗り込んだ時のことでした。
バックミラーを見ると、お母様が玄関先に立っていたそうです。
男性が角を曲がるまで、ずっと手を振り続けていたといいます。
雨の日も。
寒い日も。
毎回同じだったそうです。
「来なくていい」と言いながら、いつも見送ってくれていた。
その姿の意味を、当時はまだ理解できていなかったそうです。
しかし、その数か月後。
男性は母親の本当の気持ちを知ることになったそうです。

病室で見つけた一冊の日記
冬のある朝、お母様は自宅で転倒したそうです。
幸い命に別状はありませんでしたが、骨折のため入院することになったといいます。
男性は仕事を調整しながら病院へ通ったそうです。
子どもの受験も重なり、まさに目が回るような毎日だったと話していました。
ある日、お母様がリハビリへ行っている間に荷物を整理していたところ、一冊の古いノートを見つけたそうです。
何気なく開いたそのノートは、お母様の日記だったといいます。
そこには日々の出来事が細かく記されていたそうです。
「今日も来てくれた」
「疲れている顔をしていた」
「仕事が大変そうだった」
「申し訳ない」
そんな言葉が並んでいたそうです。
さらにページをめくると、孫たちのことまで書かれていたといいます。
「今日は孫の部活だったそうだ」
「本当はそちらへ行きたいはずなのに来てくれた」
「受験で忙しいらしい」
「迷惑をかけていないだろうか」
男性はその時、自分が思っていた以上に母親が家族全員を気にかけていたことを知ったそうです。
そして、あるページで手が止まったといいます。
そこにはこう書かれていたそうです。
「今日も『来なくていい』と言った」
「本当は来てほしい」
「顔を見ると安心する」
「でも言えない」
「親が子どもの人生の負担になってはいけない」
男性によると、その文字は少し滲んでいたそうです。
涙だったのかもしれないと話していました。
さらに最後の方には、こんな文章も残されていたそうです。
「息子はいつも急いで帰っていく」
「仕事も子育ても大変そうだ」
「少しでも休めているだろうか」
「私は幸せ者だ」
「ありがとう」
男性は病室でしばらく動けなかったそうです。
親介護をしているつもりだった。
自分が支えているつもりだった。
でも本当は違ったのかもしれない。
母親は最後まで、自分のことより息子の幸せを願っていた。
そう気づいた瞬間、涙が止まらなくなったそうです。

最後に聞いた「ありがとう」
退院の日。
男性はお母様を自宅まで送り届けたそうです。
車の中で、お母様は突然こう言ったといいます。
「ごめんね」
男性が理由を聞くと、
「こんな年になっても心配かけて」
と笑ったそうです。
その時、男性は病室で読んだ日記のことを思い出しました。
そして初めて、自分の本音を伝えたそうです。
「母さん」
「俺は義務で来ているわけじゃないよ」
お母様は驚いた表情を浮かべたそうです。
男性は続けました。
「親だから面倒を見ているんじゃない」
「母さんだから会いに来ているんだよ」
すると、お母様の目から涙がこぼれたそうです。
そして何度も何度も、
「そう言ってもらえてよかった」
と繰り返していたそうです。
それから数年後、お母様は穏やかに旅立たれたそうです。
男性は今でも親介護の日々を思い出すことがあると話していました。
もっと優しくできた日もあったかもしれない。
もっと話を聞けたかもしれない。
それでも最後に気持ちを伝えられたことだけは、本当に良かったと思っているそうです。
親介護は決して楽なものではありません。
仕事との両立。
子育てとの両立。
そして自分自身の人生。
多くの人がさまざまな葛藤を抱えながら向き合っていると言われています。
それでも親は最後まで親です。
助けてもらう立場になっても、子どもの幸せを願い続けるそうです。
「来なくていい」
「無理しなくていい」
そんな言葉の奥には、
「本当は会いたい」
「でも負担はかけたくない」
という親心が隠れていることもあるのかもしれません。
もし今、親介護の真っ最中という方がいらっしゃるなら、一度だけ親御さんの言葉の奥にある気持ちを考えてみてはいかがでしょうか。
そして今日、少しだけ時間があるなら電話を一本かけてみるのもいいかもしれません。
親が本当に待っているのは、特別な贈り物ではなく、「元気?」という何気ない一言なのかもしれません。
