きれいごとでは済まされない怒りとの付き合い方 ―親介護と育児に追い詰められるダブルケアラーの現実対応策
番号 91
なぜ、あの事件は“誰にでも起こり得る”のか?
先日、親の介護をしていた家族が限界に追い込まれ、事件に至ってしまったというニュースを見ました。
長年にわたり親介護を一人で抱え込み、仕事や家庭との両立ができなくなった末の出来事だったと報じられていました。
加害者として扱われるその人も、報道を読み進めるほどに「追い詰められた介護者」であった現実が浮かび上がってきます。
こうした事件が起きるたび、「感情をコントロールできなかった」「怒りを抑えるべきだった」という言葉で片付けられがちです。
しかし、育児と親介護を同時に担うダブルケアラーの現実は、従来のアンガーマネジメント理論が想定しているような「6秒待てば冷静になれる」状況とはまったく異なります。
睡眠不足が慢性化し、相談相手もおらず、逃げ場のない生活の中では、怒りはコントロールする対象ではなく、蓄積していく圧力として存在します。
実際、事件を起こしてしまった介護者の多くは、突然怒りが爆発したわけではありません。
「もう限界だ」「誰か助けてほしい」というサインを何年も出し続けた末に、最後の一線を越えてしまったケースが少なくありません。
育児の送り迎えの合間に親の通院対応をし、職場では迷惑をかけまいと無理を重ね、自分の感情には一切向き合う余裕がない。
そんな状態で「怒らない努力」だけを求めること自体が、現実離れしているのではないでしょうか。
理想論としてのアンガーマネジメントではなく、怒りが消えない前提でどう生き延びるか、親介護と育児の板挟みの中で感情が壊れる前にできる、現実的な対処法について考えていきたいと思います。

6秒待てない現実―きれいごとではない怒りの正体
一般的なアンガーマネジメントでは、「6秒待つ」「深呼吸する」「認知を変える」といった方法が紹介されます。
確かに、一時的な怒りや職場での対人ストレスには一定の効果があります。
しかし、親介護と育児が重なるダブルケアの環境では、怒りは単発ではありません。
朝は子どもの支度、日中は仕事、夕方からは親介護。夜中に呼び出され、慢性的な睡眠不足。
こうした生活では、脳と神経は常に緊張状態にあり、理論上の「冷静になる余白」そのものが存在しません。
研究でも、長期介護者は前頭前野の働きが低下し、感情制御能力が著しく落ちることが示されています。
つまり、「抑えられない」のではなく、「抑えられる状態ではない」のです。
さらに問題なのは、ダブルケアラーの怒りの多くが「対象を持たない怒り」である点です。
親に怒るわけにもいかず、子どもにも当たりたくない。職場では弱音を吐けない。
その結果、怒りは自分自身に向かい、「自分はダメだ」「ちゃんとできていない」という自己否定に変わります。
この内向きの怒りこそが、うつや突発的な爆発につながります。
従来理論が想定する「怒りを感じた瞬間に対処する」方法は、ダブルケアの現実ではすでに手遅れなのです。

家族介護のデメリットと「他人が入る」ことの決定的な意味
親介護は家族だからこそできる、という言葉をよく耳にします。確かに、本人の性格や生活歴を理解している、安心感がある、意思決定が早いといったメリットはあります。しかし、ダブルケアラーの現場では、その「家族だから」という前提が、深刻なデメリットとして作用する場面が少なくありません。
最大のデメリットは、感情と役割が切り離せなくなることです。家族間の介護では、介護者である前に「子ども」「きょうだい」という立場が常に付きまといます。
過去の親子関係、言われて傷ついた記憶、感謝できなかった後悔などが、日々の介護行為の中で繰り返し刺激されます。この感情の蓄積が、怒りや絶望感を増幅させる要因になります。
実際、厚生労働省の調査では、在宅介護を家族のみで担っている場合、抑うつ症状や強いストレスを感じる割合が有意に高いことが報告されています。特に「相談相手がいない」「外部サービスを使っていない」介護者ほど、心理的負担が重くなる傾向が明らかになっています。
さらに注目すべきなのは、家族介護はエスカレートしやすい構造を持っているという点です。最初は「自分がやった方が早い」「家族だから仕方ない」と始まった介護が、いつの間にか代替不能な役割になり、誰も介入できない閉じた関係になります。この状態を、介護研究では「介護の密室化」と呼び、虐待や重大トラブルのリスクが高まる要因とされています。
日本財団の調査によると、介護者による高齢者虐待の多くは、悪意ではなく、慢性的な疲労・孤立・相談不足が背景にあります。つまり、「優しい家族ほど壊れやすい」という逆説が、データとして示されているのです。
ここで重要になるのが、「他人が介入すること」の意味です。第三者の介入は、決して家族の愛情を否定するものではありません。むしろ、感情を切り離すための安全装置です。訪問介護員、ケアマネジャー、地域包括支援センターの職員など、感情的な利害関係を持たない存在が入ることで、介護は「親子関係」から「支援体制」へと変わります。
研究でも、外部サービスを利用している介護者は、怒りや罪悪感が軽減され、介護継続意欲が安定することが示されています。特にダブルケアラーの場合、育児と親介護という二重の役割を一人で背負うこと自体がリスクであり、「誰かが入っている状態」を作ることが、最も現実的なアンガーマネジメントになります。
他人に任せることは、冷たい選択ではありません。感情が壊れる前に、関係を守るための判断です。家族介護の限界を認め、第三者を入れることこそが、怒りを爆発させないための最短ルートなのです。

壊れなかった人がやっていた現実的な方法論
ここまで見てきたように、ダブルケアラーの怒りは感情の問題ではなく、構造の問題です。では、実際に限界に近づきながらも「壊れずに踏みとどまった人たち」は、何を変えたのでしょうか。ここでは、実例とデータをもとに、再現可能な方法論を紹介します。
ある40代後半の男性は、フルタイム勤務を続けながら、要介護の母親と反抗期の子どもを抱えていました。彼は「自分がやらなければ回らない」という思い込みから、親介護のほぼすべてを担っていました。結果、慢性的な不眠とイライラが続き、職場でも家庭でも怒りが抑えられなくなっていました。
転機になったのは、地域包括支援センターに相談し、ケアマネジャーを介して介護タスクを分解したことです。入浴介助と服薬管理を外部サービスに切り出し、自分は「判断と見守り」に役割を限定しました。彼は「怒りをコントロールしようとしたことは一度もない。ただ、背負う量を減らしただけ」と語っています。
この事例は、研究データとも一致します。介護者研究では、介護時間そのものよりも『介護の裁量権がない状態』が強い怒りと抑うつを生むことが示されています。自分で選べない、休めない、代われないという条件が、感情を追い詰めるのです。役割を分解し、他人に委ねることで、怒りの発生頻度は有意に低下します。
別の50代女性の事例では、方法論はさらに割り切ったものでした。彼女はアンガーマネジメント研修やカウンセリングを試しましたが、「その場では落ち着くが、翌日には元に戻る」と感じていました。最終的に行ったのは、「怒りが出る場面を特定し、そこから撤退する」という選択です。
具体的には、親の通院付き添いをすべてやめ、月1回の同席だけに変更しました。「冷たい娘だと思われるのでは」という恐怖はありましたが、第三者が入ることで親との関係はむしろ安定したといいます。家族介護研究でも、介護距離を意図的に取った家族の方が、関係性の長期安定率が高いことが報告されています。
データが示しているのは明確です。怒りを減らした人たちは、感情を鍛えたのではなく、怒りが生まれる条件を減らしています。介護者支援プログラムの分析では、ストレス軽減に最も寄与したのは「感情トレーニング」ではなく、「外部資源の導入」と「役割再設計」でした。
この点で、企業や社会サービスの活用は重要な方法論になります。
たとえば
Career & Kaigo(株式会社アドバンテッジリスクマネジメント) は、仕事と親介護の両立を前提に、介護リスクの可視化と専門家相談を提供しています。
https://www.armg.jp/business/careerandkaigo/
これらの共通点は、「もっと頑張れ」とは言わないことです。怒りや限界を前提に、「どう分散するか」「どこを手放すか」を一緒に考える仕組みになっています。
実例とデータが示しているのは、シンプルな結論です。
怒りを抑えられた人はいません。
ただ、怒りが爆発しない構造を作れた人がいるだけです。
家族間の介護は、温かさも残酷さも併せ持っています。感情が動くのは自然なことであり、それを否定する必要はありません。大切なのは、感情に耐え続けることではなく、感情が壊す前に環境を変えることです。
親介護と育児の両立に苦しむあなたが、怒りを感じるのは弱さではありません。
怒らない自分を目指すのではなく、壊れない自分を守る選択をしてみてはいかがでしょうか?
