親介護の不安を減らす“免許返納という決断”——自転車すら使わせない「本当の安全」を考える
番号 85
免許返納で家族の安心を守る現実策
先日、高齢ドライバーによる重大事故のニュースを目にしました。
地方都市の交差点で、80代の男性が運転する車が突然加速し、横断歩道にいた歩行者数名をはね、そのうち1名が死亡、数名が重傷を負うという痛ましい事故です。
警察によると、運転者本人は「ブレーキが効かなかった」と話していたものの、車の異常は確認されず、アクセルとブレーキの踏み間違いが原因とみられると報じられていました。
このニュースに対し、SNS上や家族介護のコミュニティでは、「やはり免許返納を考えるべきでは」「親が運転しているのが心配」「介護で忙しいのに事故のリスクまで抱えるのは辛い」といった声が多く上がっていました。
高齢化が加速する日本社会において、こうした事故はもはや“珍しい特別な出来事”ではありません。
特に、私たち“親介護世代”にとっては、単なるニュースでは終わらない問題です。
・親が加害者になるかもしれない
・親が被害者になるかもしれない
・そして事故後の対応は、結局、家族の負担として降りかかってくる
この3つの不安は、現実に起こり得るリスクとして私たちを縛り続けます。
その一方で、近年は自治体や企業が「免許返納者向け支援」を強化し、生活の不便さを最小限に抑える取り組みが進んでいます。
ただし、返納後の移動手段として“自転車に切り替える”という選択も一部では推奨されてきましたが、私はここに大きな疑問を持っています。
なぜなら、高齢者は自動車だけでなく、自転車もまた非常に危険だからです。
転倒による大腿骨骨折、頭部外傷、そしてそこから寝たきり・要介護状態へ移行するケースは少なくありません。
“自転車すら危ない”という現実を踏まえ、「免許返納=移動弱者になる」ではなく、「生活の安全性が最大化される」という視点を持つことが重要なポイントであると考えます、

自転車も危険——返納後の移動手段は「徒歩・公共交通・タクシー」で再構築する
これまでいくつかのメディアでは、
「免許返納→自転車へ移行すればよい」
という提案がなされてきました。
しかし、これは明確に危険です。
1. 高齢者の自転車事故は“転倒が最多”
高齢者の自転車事故は、車との接触よりも**自損事故(転倒)**が圧倒的に多いと言われます。
・ちょっとした段差
・急なブレーキ
・ハンドル操作の遅れ
・横からの風
これらが原因で転倒し、大腿骨骨折につながったケースは無数にあります。
特に大腿骨骨折はそのまま寝たきりに直結し、寝たきり → 介護度の急上昇 → 認知症の進行、という“最悪の連鎖”を招く危険があります。
2. 電動アシスト自転車はさらに注意
ペダルが軽いぶん、速度が出やすく、停止時のバランスを崩しやすい。
実際、多くの整形外科医が「高齢者の電動アシスト自転車は危険」と警鐘を鳴らしています。
3. では、何を使うべきか?
答えはシンプルです。
・徒歩+公共交通+タクシー
これが、返納後の最も安全な組み合わせです。
その理由は以下の通りです。
◆ 徒歩中心の生活圏は「健康維持」に最適
・歩数が増える
・筋力低下を防げる
・認知機能にも良い影響
車に頼らない生活は、結果として親の生活機能の維持につながります。
◆ 公共交通は事故リスクが最小
コミュニティバス、路線バス、シニア割引などの活用で、安全で、コストも低い移動手段が確保できます。
◆ タクシーは“マイカーの完全上位互換”
・ドア to ドア
・荷物も運んでくれる
・雨の日も安全
さらに、免許返納者向けの割引もあります。
東京都個人タクシー協会(返納者向けサービス)
http://www.kojintaxi-tokyo.or.jp/cus/service.html

僻地で“車を手放せない”単身高齢親をどう説得するか
免許返納を考えるうえで、もっとも難易度が高いのが 「僻地に住む単身の親」 です。
都市部と異なり、バスは1日数本、駅までは徒歩では行けない、タクシーも慢性的に不足。そんな地域では、車が事実上の“ライフライン”になっていることも少なくありません。
しかし、親介護の立場からすれば、高齢になった親の運転リスクは看過できません。事故を起こしてからでは遅い。では、どう説得すればよいのでしょうか?
以下に、実際に家族が効果的だったと語ったアプローチの事例を紹介します。
①「取り上げる」ではなく「選択肢を増やす」作戦
僻地で単身の高齢者は、車をなくすと 生活が消滅する不安 を抱えます。
そこで効果的なのは、いきなり返納を迫るのではなく、
・「車をやめる」以外の 移動手段の代替案を“先に必ず用意する”
・理屈ではなく 生活の代わりを見せる
という順番を守ることです。
たとえば、
・週1〜2回、誰かが送迎するスケジュールを組んでみる
・地域の デマンド交通(電話予約型バス)を調べてあげる
・行政の 移動支援サービス を申請しておく
・生協の宅配、ドラッグストア配送、ネットスーパーを導入する
・訪問診療・訪問薬剤サービスを手配する
「車がなくても暮らせる状態を作ってから返納を話す」
この順番が、親の抵抗を大きく下げます。

② 「“今の運転”の危険性」ではなく「事故を起こした後」の現実を共有
高齢親は、「自分はまだ運転できる」「事故など起こさない」と思いがちです。
そこで効果的なのは“現在ではなく未来”を見せることです。
実際、以下のような現実を家族が丁寧に説明すると、態度が軟化しやすいといわれています。
・僻地で事故を起こすと救急搬送が大幅に遅れ、高確率で重症化する
・相手が歩行者や自転車なら、一瞬で 加害者として刑事・民事の責任を背負う
・裁判・賠償・保険の手続きは“単身の高齢者”には処理しきれない
・免許返納は 家族の安心を守る選択 であり“能力の否定”ではない
・運転をやめても あなたの生活は家族が全力で守る
特に効果が高いのは、
「親自身が一番つらい思いをするのは事故の“後”である」という視点を共有することです。
実際、高齢者が事故では判断能力を疑われる場合も多く、家族が代理で示談・保険・介護手配を行うため月数十時間以上の労力を奪われることも珍しくありません。

③ 感情のトリガーを使う「共助モデル」
多くの高齢親は、「迷惑をかけたくない」という気持ちを強く持っています。そこで、
・「事故で迷惑をかけることの方が、返納よりもはるかに重い」
・「あなたが元気で居てくれることが、一番助かる」
というメッセージを “家族統一方針” で伝えるのが非常に有効です。
また、「地域の友人も返納した」「集落の同年代の人がやめた」という 同調刺激(ソーシャルプルーフ) は、本人への影響が大きいという調査もあります。
可能であれば、近所の人や地域包括支援センターと連携すると説得力が増します。
さらに、実際に事故をきっかけに免許を返納したというニュースや実例を加えるとより現実味を増します。
実際、2019年の東京都の‟池袋暴走事故”では都内でで免許を自主返納する高齢者が一気に増加したといいます。
警視庁によれば、事故発生のあった週には都内で免許返納した人が千人弱、その翌週は約2割増。そして大型連休明けの数日間だけで、1,200人を超える返納があったとのことでした。

④ 最後のカード:「段階的返納(ステップ方式)」
いきなり返納が難しい場合、段階方式もあります。
たとえば:
・夜間・雨天・冬季の運転だけやめる
・見通しの悪い道を走らない
・自宅から半径○km以内のみ
・通院はタクシーか家族送迎
こうした段階的制限を続けていくうちに、
「車を使う頻度が下がる → 自分でも返納を自然に考える」
というパターンを生み出せます。
これは“自尊心を傷つけない”ための有効な方法でもあります。
僻地で暮らす単身の高齢親を説得するには、
「取り上げるのではなく、生活を“車なし仕様”に作り替える」
という視点が不可欠です。
研究では、70歳前後から「注意の切り替え」「反応速度」「距離・速度の認知」などが明確に低下することが示されています。
いくら長年のベテランドライバーで今現在事故を起こしていなくとも、運転はこれらの能力を同時に使う高度な作業であり、衰えが事故原因となる可能性は格段に高まります。
遠く離れていたり、仕事中だったりで、すぐ駆けつけることもできませんので、自分の運絵を過信している高齢の親を持つ方は、特に早めにアクションしてみてはいかがでしょうか?
