親介護世代を支える静かな力 — 高齢者とEMSでつなぐ筋力未来
番号 82
高齢者の筋力維持をEMSで実現
先日、あるニュースを見て非常に興味を持ちました。
関西医科大学と株式会社MTGが、高齢のがん患者を対象に家庭用の電気筋刺激装置(EMS)を使った在宅リハビリの研究を行い、下肢機能の改善と「サルコペニア(筋肉量の低下)」の軽減を確認したという報道です。
研究対象は平均年齢が75歳前後の患者で、4週間、1日1回座って足を乗せるだけで使えるEMS機器を自宅で使い続けた結果、歩く速度やバランス能力が向上し、重度サルコペニアの割合も大きく低下した、というものです。
しかも有害事象は報告されず、安全性にも配慮された実証研究だったと伝えられていました。
かつては電気刺激治療器として専門的なリハビリで多く使用されていたイメージのEMSですが、昨今では手軽に在宅介護でも活用できる機器として介護業界でも多く導入されているいいます。
高齢者の筋力低下は転倒や生活機能の低下につながり、結果として介護負担が増える大きな要因であるにも関わらず、高齢になってから「きちんと運動をしなさい」と言われても、痛みや関節の問題、体力不足などでなかなか運動を続けられない方も少なくありません。
また、EMSは非常に高価で大型の設備を有するものもあり、一般消費者からすればスポーツジムや商業センターのような‟用意された場所”でついでにやるような、とても毎日継続できるような環境であることも馴染みの少ない理由かもしれません。
そんな中で、このEMSを活用した「座ったまま」「使いやすい」リハビリ方法は、介護を担う方々にも現実的な希望をもたらしています。

高齢者に筋力が必要な理由 ― 親介護の視点から考える
高齢になると、筋肉量や筋力が自然に減っていきます。
これは「サルコペニア」と呼ばれ、高齢者の転倒リスクや日常生活の能力低下に直結します。
実際、日本でも多くの高齢者が日常生活でつまずきやすくなり、「歩くのがつらい」「立ち上がるのが大変」といった声が増えてきます。
筋力が弱くなると、自分で立ったり歩いたりする力が落ち、それが移動の制限、さらには寝たきりリスクへとつながることがあります。
これは親を介護する世代にとって、大きな現実です。
親が筋力を失って動けなくなると、介護の負担が増すのはもちろん、本人の自立性も低下します。
一方で、高齢者が自分で運動を始めるのは簡単ではありません。
関節に痛みがあったり、息切れしやすかったり、「もう若くないから無理」と感じる人も多いのが現実です。
そんなとき、EMS(電気筋刺激)は非常に有効な代替手段になり得ます。
なぜなら、電気の力で筋肉を刺激することで、関節に過度な負荷をかけずに筋肉を働かせられるからです。
また、研究も進んでいます。
例えば、臨床試験として「独歩可能な高齢者に対するEMS療法による歩行機能改善効果」について、ランダム化比較試験が実施されており、EMSを3ヶ月以上使うことを条件に歩行速度やバランス、転倒リスクなどを調べています。
つまり、EMSはただの機械ではなく、高齢者の自立支援として、そして親を介護する世代が安心を持てる新しいツールになりうるのです。

EMSってどんな仕組み?高齢者にもやさしい理由
EMSとは「Electrical Muscle Stimulation(電気筋刺激)」の略称で、筋肉に微弱な電気を流して収縮させる技術です。
運動をせずとも筋肉を刺激できるため、運動が苦手だったり体力に不安がある高齢者でも使いやすいのが特長です。
具体的には、電極パッドを体の筋肉部分に当てて、そこから電気を流します。
その電気を受けて筋肉がギュッと縮むので、筋トレのような働きが得られますが、本人が「走る」「スクワットをする」といった激しい動きをしなくてもいいのです。
さらに最近の研究では、干渉低周波という方式を使ったEMSが「深層筋(体の奥にある筋肉)」までしっかり刺激できる可能性が示されています。
金沢大学の研究では、PET検査で深層筋の活動が増えたことが確認され、安全性・効果ともに有望との報告もあります。
高齢者向けには特に、「関節にやさしい」「疲れにくい」「座って使える」といった特徴が重要です。
Core-Re(リハビリや介護向け情報サイト)でも、「高齢者の筋トレにEMSは非常に適した方法」と評価されています。
加えて、認知機能にも良い影響が出る可能性があります。
過去の研究では、EMSによって筋収縮が起きると、脳由来神経栄養因子(BDNF)が増え、記憶や学習を支える効果が期待できるというデータがあります。
こうした仕組みと科学的根拠があることで、EMSは「単なる便利グッズ」ではなく、高齢者の筋力低下・生活機能低下を真剣に支える技術として注目されていると言えます。

高齢者・親介護世代がEMS導入を考えるときのポイント
EMSを親介護の現場に取り入れるには、いくつか重要なポイントがあります。
まず第一に、安全性です。
高齢者は疾患を抱えていることが多いため、EMS使用前には主治医とよく相談するべきです。
特に心臓疾患やペースメーカーがある場合、EMSが使えないこともあります。
また、初めて使うときは低い刺激から始めて、本人の感覚を確認しながら段階を踏むほうが無難です。
第二に、目的の明確化です。
「筋力を落とさないため」「歩きやすくするため」「転倒を予防するため」など、EMSを導入する理由を家族で共有するとよいでしょう。
目的がはっきりしていれば、どの機器が適しているか、安全な使用頻度、評価方法なども決めやすくなります。
第三に、効果を実際に見る仕組みを作ることです。
EMSを使い始めたら、歩行速度、立ち上がる時間、体組成(筋肉量)などを記録して、数週間〜数ヶ月ごとに変化を見ていくとよいです。
こうした「小さな臨床試験」のような形を取ることで、家族だけでなく本人も「使う意味があるか」を実感できます。
第四に、継続性を考えること。
EMSを買ってすぐ効果が出るとは限りません。
継続が重要なので、機器の使いやすさ(軽さ、貼りやすさ、操作性)、サポート体制(故障時・メンテナンス時の対応)も選ぶポイントになります。
最後に、コスト面も無視できません。
本体価格に加えて、電極パッドやジェルなど消耗品がかかることがあります。
これらも長く使うと積み重なるため、予算と相談しながら計画を立てることが大切です。

理論とデータで見るEMSの効果と限界
EMSの効果は、研究・臨床報告で徐々に裏付けられています。
例えば、上記の関西医科大学 × MTG のパイロット研究では、4週間使用で歩行機能(SPPBスコア)やバランス、歩行速度が改善し、重度サルコペニアの割合が大きく下がったという報告があります。
また、基礎研究レベルでも、干渉低周波EMSによって深層筋が活性化される可能性が示された例があります。
これらのデータは、単なる筋トレ補助というより、「高齢者が自力で動く力を補う/維持する手段」として実用的であることを支持します。
ただし、限界もあります。
EMSだけですべての機能低下を止められるわけではありません。
転倒リスクは筋力だけでなく、認知、バランス、環境(住まいの段差など)にも大きく左右されます。
EMSはあくまで「補助・支援」のツールであり、総合的な介護・予防戦略(運動、栄養、住環境改善など)と併用するほうが効果が高いでしょう。
また、個人差があります。刺激の感じ方や効果ので方にはばらつきがあるため、家族と一緒に「試してみて合うか」を見極めるフェーズが重要です。
まずは主治医に相談し、体調や適応を確認した上で、短期間のトライアルや使い始めの段階を設けてみてはいかがでしょうか?

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【参考】
• MTG / SIXPAD(EMS技術)
研究エビデンス紹介ページ:SIXPAD 研究開発・エビデンス https://www.mtgec.jp/wellness/sixpad/evidence/
MTG ニュース「高齢がん患者へのEMS介入」 https://www.mtg.gr.jp/news/detail/2025/07/article_2385.html
• 関西医科大学 × MTG 共同研究
この共同研究は、高齢がん患者の在宅セルフリハビリに家庭用EMS(SIXPAD FootFit 等)を使用。報告によれば4週間で下肢機能改善、安全性も確認。
プレスリリース(関西医科大学) https://www.kmu.ac.jp/news/laaes7000000xh50-att/20250820Press_Release.pdf
• 臨床研究(治験)例
「独歩可能な高齢者に対するEMS療法の歩行機能改善効果」のランダム化比較試験 https://rctportal.mhlw.go.jp/detail/jr?trial_id=jRCT1032240312
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