聖地巡礼+味覚プライミングの"最強"回想法

番号 49

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"生い立ちルーツの旅"は回想ポイントの宝庫

先日、ジム仲間の88歳のお母さんとそのご家族が、お母さんの疎開先である幼少期を過ごした場所へ、2泊3日の弾丸ツアーで行ってきた時の話を聞きました。

その88歳のお母さんは要支援2で、軽度の認知機能低下が見られながらも、年に10回近く国内外の旅行に行くアクティブシニアです。

疎開先である満州で産まれ、小学校の低学年ぐらいまでいらっしゃったそうで、かれこれ70年以上前の話でありながら、終活の一環としてどうしても死ぬまでにもう一度訪れておきたいと思っていました。

とはいえ、唯一当時を知る兄弟も他界し、一緒に疎開していた家族の行方も知る由もなく、完全にお母さんの記憶しか頼りもないため、ただの家族旅行になる事覚悟で、『お母さんのルーツを辿るツアー』を企画したそうです。

現地に到着し、出生の記録などから産まれた病院までは何とか辿りついたものの、それからどこに引っ越したのかなど、全く覚えていません。

現地でお願いしたツアーコンダクターに持参した当時のいくつかの写真を見せてみますが、あまりに古かったこともあり、情景が変わり過ぎていて全く手がかりはありません。

刑事ばりに地元の人に聞き込み、思いあたる所をぐるぐると回るものの、これという決定打もないまま、旅行の最終日を迎えてしまいました。

断片的な記憶でイマイチ確信が持てていないお母さんの消化不良感は否めないながらも、認知機能低下が低下に伴い介護度が段々上がっていくお母さんに、日々疲れ果てていた家族にとっては、久々のリフレッシュできたイベントでもあったと、最終日は地元で予約が取りづらい人気料理店を予約してそうです。

そのお店は地元の人でいつもいっぱいになってしまい、一見の観光客はほとんど入れないような人気店で、ツアコンの方が当時食べていたものを少しでも思い出してもらおうと、直接オーナーシェフに頼み込み、事情を聞いたシェフがそれなら…と、特別にキャンセル枠にねじ込んでくれたそうです。

店に到着すると、まだオープン前というのに、数人がすでに並んでいて、さすがの人気店という繁盛ぶりでした。

運んでこられる料理はどれも日本の口にも会う味付けで、お母さんも70年以上の時を経て味わう懐かしい味に、一気にあの頃がフラッシュバックされ、涙を流しながら、溢れ出る思い出を、まるでこの数日間の記憶のモヤモヤを吐き出すかのように話したそうです。

大方、料理も話しも満喫したお母さんは、この感動した料理と無理を言って予約を空けてくれたお礼を、是非したいとシェフに来て欲しいと頼みました。

人気店でもある為、そういった挨拶は一切お断りしているとの事だったらしいですが、日本からはるばる来て、収穫がないまま帰ろうとした所に自分の店の味が記憶を辿るきっかけになったのであれば…と、特別に応じてくれたそうです。

出てきたシェフは40〜50代ぐらいの方で、先代の祖父から父親と店を受け継ぎ、ご自身が3代目としてずっとこの地元で料理を提供しているそうです。

何枚かの写真を見せながら、料理のお礼と共にこの頃の思い出を話していると、大きな木の下で撮っている一枚の写真に、急に怖い顔で見つめ、通訳のツアコンにちょっと待つよう言い残し、突然部屋を出ていってしまいました。

何か気分を害したのかと心配して待っていると、程なくしてシェフが一枚の写真を手に戻ってきました。

かなり色褪せたその古い写真をよく見ると、シェフが目を止めていた、大きな木の下の写真と場所も構図も全く同じ写真でした。

信じられない出来事に一同、唖然としていると、シェフは興奮気味に、この写真を撮ったのは、なんとシェフのお父さんであると言うではありませんか。

今では切り倒されてしまった、この大きな木は戦後間もない子供達の遊び場で、地元料理屋が軌道に乗って裕福だった祖父が、当時珍しかったカメラを手に入れ、幼い頃のシェフの父親が気になっていた日本人の女の子に見せびらかそうと写真を撮ってプレゼントしたものだといいます。

残念ながらそのお父さんは、2年前に他界してしまったそうですが、最期まで大事にその写真を保管しており、貴重なカメラを勝手に持ち出し、祖父からこっぴどく怒られたエピソードまで、何十回と嬉しそうに話していたそうです。

シェフにとっては聞き飽きた、ど定番の父親の"昔話"の一つだったようですが、あれだけ聞き浴びせられてきた、あの噂の"女の子"がまさか目の前にいるその人であり、あまりの偶然と感動の出会いに、泣きじゃくるお母さん手を握りしめ、何度も何度もうなづきあったといいます。

さらにサプライズは続き、当時お店をスタートしたての祖父が、地元に多く疎開していた日本人の口にも合うよう、息子の"憧れの女の子"が遊びに来ては、しょっちゅうごはんを振舞ったというエピソードもあり、本当に当時のこのお店の、しかもオリジナルの味を食べていた可能性が浮上し、あれだけ夢中になって思い出話しをしていた程、強烈なフラッシュバックをしたのはきっと本当に"あの時の味"に辿りついたのだと、一同このツアーを企画して良かったと心の底から思ったそうです。

回想法と聖地巡礼の関係 - 過去の体験の再体験-

回想法(reminiscence therapy)は、個人の過去の記憶を体系的かつ治療的に再構築するアプローチであり、主に心理学と高齢者ケアの分野で発展してきた心理療法の一形態です。

この方法は、個人が自身の人生経験を口頭または文書で想起し、再解釈することを通じて、心理的well-beingと自己理解を促進することを目的としているといいます。

回想法の起源は1960年代に遡り、アメリカの精神科医ロバート・バトラーによって提唱された概念であり、バトラーは、高齢者が過去の記憶を振り返ることが、アイデンティティの統合と心理的適応に重要な役割を果たすことを指摘したといいます。

当初は高齢者のケアと心理的支援に焦点を当てていたそうですが、その後、トラウマ治療、認知症ケア、心理的レジリエンスの向上など、より広範な領域に応用されるようになりました。

回想法の主な目的は、以下の点に集約されます。
・自己アイデンティティの再確認
・過去の経験の肯定的な再解釈
・心理的統合と感情的解放
・自尊心と心理的well-beingの向上

この療法は、個人が自身の人生ストーリーを再構築し、意味を見出すプロセスを支援することで、精神的成長と内的和解を促進する重要な心理的アプローチとして認識されています。

さらに、今回のような聖地巡礼との組合せは、過去の体験を再体験するという根本的な心理的メカニズムを共有し、個人が過去の記憶や経験を新たな視点から再解釈し、意味を再構築するというユニークな機会を提供しているといえます。

回想法において、個人は過去の記憶を安全な環境で再体験することで、未解決の感情的葛藤を癒し、自己の物語に新たな意味を見出し、聖地巡礼によって、巡礼者に日常的な文脈から離れ、過去の経験を深く内省する空間を創出します。

両実践は、単なる記憶の再生を超えて、個人の内的変容のプロセスを促進する点で類似しているといえ、再体験のプロセスは、感情的浄化と自己理解の重要な手段となりえます。

さらに、今回の場合のように特定の味覚刺激が、過去の経験や記憶を呼び起こすという『味覚プライミング』という相乗効果も相まって、非常に強い回想作用が生まれたと考えられます。

トラウマの癒し、自尊心の回復、心理的統合においても類似した治療的効果を持つと言われ、過去の体験を新たな文脈で再体験することにより、個人は自己の脆弱性を受け入れると同時に、回復力と成長の証を実感できるのではないでしょうか?

親の物忘れが激しくなり、認知機能が不安になり始めたら是非、『生い立ちルーツのグルメ旅』に出かけてみてはいかがでしょうか?

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