重症化が進む母の認知症に差し込んだ光
番号 34
"自分話"を話したがりにはオススメ 『自分史』作り
入院以来、どんどん自分の殻に閉じこもっていく母。
当初、パニックで他の入院患者さんに迷惑をかけてはならないと個室スタートでしたが、不安が勝ってしまったのか、一気に意気消沈し、『動きたくない、話したくない、食べたくない』の“3大無気力”があっという間に支配しました。
家族が見舞いに行っても、誰だか理解できず、会話しても無表情で視線も合わせず遠くを見つめているような状態で、一方的にこちらが話して一人で返事を繰り返す“一人お見舞い状態”に虚しさを重ねていました。
そんな状態を不憫に思った主治医の先生から、数多くの認知症患者家族で盛り上がる"鉄板"コミュニケーションツールとして紹介されたものが“自分史”というものでした。
得意演目、いざ"開演"
昔から自分のことだったら何時間でも話せる、自他ともに認める『自分話好き』の母は、家族の話に被せて、どんな体勢からも自身の"ネバーエンディングストーリー"に持ち込むことができる強者です。
どのストーリーも、聞いている側がまるで自分が経験したかと錯覚するほど何百回もリピートするので、家族的には十分満腹状態ですが、コロナ渦でほとんど面会もできず、母親的にもリセット感の強い今なら、かつての喋りたがりが反射的に出るに違いないと、試しに“結婚式写真”を持ち込みました
ちなみに、両親の“ウエディングコンテンツ“は、“お見合い結婚”で劇的な出会いを果たした『出会い編』から『新婚旅行~熱海旅情~編』までの超大作で、一度踏み込んだら2時間以上コースという、母親が最も得意とする“沼”確実のキラーコンテンツです。
昔からこの沼で数々の被害が報告されていたので、私達家族は決して近づくことをしない『超危険区域』に指定していましたが、この緊急事態にとうとう"指定解除"を決めたのです。
忘れた記憶の中にも確実に存在する"大切な人"
昭和の頃のかなり古ぼけた白黒写真で、両親二人っきりでまともに写っている写真は、恐らくこの世に唯一この一枚という"激レア"な結婚写真を最初は無表情でじっと眺めていました。
しばらく眺めていると次第に目をうるまし始め、ボソッと
「この人は大変だったよ」
と、父親の写真の頭を大事そうに撫でていました。
母の人生はと言えば、父が道楽の延長で始めたような自営業に付き合わされ、365日、1日12時間、休みなど一切なく、そこらのブラック企業もかすむほど働かされたにも関わらず、取引先の倒産で借金まみれになった父を文句一つ言わず支え、父が脳梗塞で半身不随になった後もつきっきりの介護の傍ら、返済不能になった借金をパートしながら必死に返済をし、懸命に尽くしていました。
そして父が亡くなり、いよいよ自分の人生を謳歌しようとしていた矢先に認知症の症状が現れ始め、色々な事ができなくなってきたある日、ぽつりと
「私の人生って、一体何だったのかね?」
と、つぶやいていた姿が今でも忘れられません。
写真の向こうの男性が誰だかもイマイチ分かっていないようでしたし、かつてのネバーエンディングストーリーを猛々しく語る事もなく、ただ写真をなぞりながら、時折ボソボソと嬉しそうに何かを語りかけていました。
自分の欲を一切出さず、ただただ献身的に尽くした母にとっては苦々しい思い出だったかもしれませんが、確実に自分の思い出の中にいる“大切な人”との会話を久々に楽しんでいたようでした。
認知症予防の有効手段 『回想法』
今回紹介された"自分史”は、以前から認知症対策のリハビリなどで、多くの介護施設やカルチャースクールで『自分史作成サービス』として、どんどん広まっているそうです。
過去の経験や思い出を振り返り、それを言語化したり、写真などを用いて表現したりすることで、心の健康を促す「回想法」は認知症予防の有効な手法と考えられています。
効果に関しての明確なエビデンスは確認できませんでしたが、"自分話"を長々とする両親が物忘れが激しくなってきたと感じたら、気持ち良く話して頂けるうちに、是非その武勇伝をまとめてみてはいかがでしょうか?
【"回想法"の期待される効果】
●脳の活性化: 過去の思い出を言語化したり、写真を見たりすることで脳の血流が増加し、認知機能が向上。
●情動の安定: 懐かしい思い出を振り返ることで、穏やかな気持ちになり、不安や焦りが和らぐ。
●コミュニケーション促進: 回想を通して会話が弾み、介護者とのコミュニケーションの活性化。
●自尊心の向上: 自分の人生を振り返り、これまでの経験を肯定的に捉え直すことで、自尊心が高まる。
●進行予防: 回想法を継続的に行うことで、認知症の進行を遅らせる。