父のケアマネに言われた“子”に望む一言

番号 2

# 介護録

父のケアマネに言われた“子”に望む一言

「お子さんに望むのは『お父さんならこう思うはず』というお母さんの判断を後押しする一言を言ってあげて下さい」

と父の介護でお世話になっていたケアマネさんにある日言われた事がありました。

私の実家は釣り竿を製造する自営業で父母二人、数十年間営んでいました。
私も姉兄の3人兄弟で優秀な姉兄に囲まれて、ほとんど売れない釣り竿をひたすら作り続け、激貧ながらも年に1回、釣り竿の納品ついでに数時間だけ父と行く釣りを楽しみに過ごしていました。
そんな父がある日突然、脳梗塞になり半身不随となったのを境に私たち家族の在宅介護が始まりました。

私はと言えばちょうど新卒で住宅メーカーに入社し、親元からはなれた遠方の地で休みの日も働かなくてはいけない程忙しく、介護などに関わる事なども到底できない状況でした。

自営業で社長である父親に仕事関連の全ての手続きを任せっきりにしていた母は介護認定の手続きやデイサービスなどの各種手続きなど、ちんぷんかんぷんで介護スタート時点ですでに疲れ切っていました。
さらに毎日次から次へと介護のプロの方々が来ては
「〇〇はどうしますか?」
「〇〇をやっても良いですか?」
「〇〇を買って準備してもらえますか?」
など嵐のような判断を迫られる場面にただただオロオロするばかりでした。

お見合い結婚以来、数十年父一筋で生活の全てを完全に依存していた母は父に関する重要な判断など求められた事もなく、さらに新入社員で大変な子供には心配かけたくないと一切の相談もしてこない気丈な介護生活は想像を絶するストレスに見舞われ、ある日冒頭のケアマネさんから

「お母さん、お話が聞こえていないみたい・・」

との連絡をもらい慌てて受診するとストレス性の突発性難聴との診断。
当然、原因は一つしかなく当時まだ50歳そこそこの母が強烈なストレスを抱え続け行きついた老々介護の末路を見た気がしました。

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